芸能の歴史事始

  • 2015.12.28 Monday
  • 19:32

                  芸能の歴史  冬至

 2016年12月22日は冬至です。冬至は一年のうちで最も日照時間が短くなる日です。この日は人類にとって重要な日付であり、様々な祭りが催されてきました。その祭りは太陽の死と復活を願い、豊穣を願い祝うのです。ケルト文化にルーツを持つハロウィンの祭りも冬至の祭りです。10月31日がその前夜祭にあたり。11月1日がその日です。ハロウィンで血まみれの仮装が行われるのは、死と復活、生と死の境界は死者と出会う日であり、また死霊、悪霊が跋扈するという考えが基にあるからです。 たとえばポーランドでは11月1日は国中が墓参の日となり公的機関も停止します。来年2016年の11月1日は私はアウシュヴィッツにいます。アウシュヴィッツの教会にヤドヴィカ・ロドヴィッチ作の新作能『鎮魂−アウシュヴィッツ・フクシマの能』を奉納上演するためです。その後、11月4日5日とEU文化首都となったポーランドのブロツワフで催されるシアター・オリンピックでこの新作能を演出・上演します。このフェスティバルも11月1日は休止となるので、上演のための一座(観世銕之丞師団長)も公演ではなくアウシュヴィッツに墓参し奉納をするのです(この公演のことは改めて書きます)。

 日本の芸能の原点といえば『古事記』です。古事記には芸能のルーツとなるような物語が三件書かれています。それは「天岩屋戸隠」、「天若日子の死と葬礼」「海幸彦の服従儀礼」です。これらもまた改めて書きます。

 冬至に絡むものは「天岩屋戸隠」です。これは太陽神である天照大神(アマテラスオオミノカミ)が弟の須佐之男命(スサノオノミコト)の乱暴狼藉により岩屋戸に隠れ、世界が闇になります。その太陽神を再生さすべく行われたのが天宇受売命(アメノウズメノミコト)のホトも露に舞い踊り、八百万の神々が笑いさざめき、それにつられてアマテラスが再び現れ光の世界が戻ってくるという物語です。これは冬至の太陽の死と再生を意味すると考えられます。それが芸能の始まりの一つだといわれるのです。能の『三輪』に取り入れられると、この舞が「神楽」の始まりであり、光が再生して人々の顔を照らして白く見えたので「面白い」ということがいわれるようになったというのです。

 多くの民族の暦では冬至が一年の始まりとされているところが多くありました。太陽の死と再生の境こそは新年の始まりに相応しいのです。その記憶は歌舞伎の11月の顔見世興行に残っています。歌舞伎の新年は11月から始まるのです。10月中に次の一年の新たな座組を決めその顔を披露し、見せるのが顔見世なのです。 

 クリスマスもまた冬至の祭りと習合させて作為的に作られたといいます。それは次回にそしてそのときは冬至にも関係する、『ギリシャ神話』でのなぜ冬が生まれたかの物語と、それと同じルーツを持つ『古事記』の「天岩屋戸隠」のことをもっと詳しく書きます。まさに冬至と芸能は深い深い縁があるのです。そのことを私の芸能史として書きついで行きます。

 この原稿は12月22日の冬至の日に決心して書き始めてのですが、ブログにアップする技術がなくて今になりましたが、志は冬至の新年にはじめたかったのです。         笠井賢一

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